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秋田地方裁判所 平成7年(行ウ)4号 判決 1997年7月18日

秋田県湯沢市元清水七〇番地八

原告

高久安太郎

右訴訟代理人弁護士

福田哲夫

同市大工街二番三二号

被告

湯沢税務署長 佐々木俊幸

右指定代理人

伊藤繁

佐藤四郎

佐藤攻

安宅敏也

関谷久

泉利夫

小松豊

菅野恵一

主文

一  被告が、原告に対して平成六年一月三一日付けでした原告からの酒税法一六条一項に基づく酒類販売業免許移転申請(平成五年一〇月五日付け)を許否した処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一原告の請求

主文に同じ。

第二当事者の主張等

一  事案の概要

本件は、酒類販売業者である原告が、営業不振により、営業を譲渡したが、譲渡先の免許申請が許否となったので営業譲渡を解約し、今度は自己の免許について酒類販売場移転許可の申請をしたところ、これが許否されたので、右許否処分の取消を求めた事案である。

二  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実

1  本件処分に至る経緯

原告は、昭和三〇年ころから秋田県湯沢市田町一丁目七八番地において、高吉商店との屋号で酒類販売業を営んでいたが(以下、同所における右販売場を「本件販売場」という。)、その経営が芳しくなかった。そこで、原告は、本件販売場の土地建物を売却し、その代金を借入金等の返済に充当しようとした。

原告は、平成四年一二月一〇日、本件販売場の土地建物を訴外大橋清志に対して売却すると同時に、同月九日付けで、本件酒類販売の営業を訴外有限会社中央市場(秋田県湯沢市柳町二丁目一番四〇号。以下「中央市場」という。)に譲渡する契約を締結した。原告は、その後、本件販売場の場所ではクリーニング業を営み、右売却後本件不許可処分に至るまでの約九か月間、右販売場で酒類販売を行ったことはなかった。

中央市場は、平成五年一月一四日付けで、被告に対し、右営業譲受けに伴う酒類販売業免許を申請した。これに対し、被告は、平成五年六月三〇日付けで右申請に対する許否処分をした。

右許否処分の結果、契約目的が達成できないため、原告は、平成五年九月一五日付けで中央市場との右営業譲渡契約を合意解約した。

2  本件移転申請

原告は、平成五年一〇月五日、被告に対し、酒税法(以下「法」という。)一六条一項に基づいて以下の酒類販売場移転許可申請(以下「本件申請」という。)をした。

販売場の所在 移転前 秋田県湯沢市田町一丁目七八番地

移転後 同市柳町二丁目四五番、四五番一

販売場の屋号 食品館酒の店

その他の事項は従前どおり

3  本件処分

被告は、平成六年一月三一日、左記の理由により、本件申請を拒否する旨の処分(以下「本件処分」という。)をなし、本件処分は同年二月一日原告に送達された。

「原告の申請に係る酒類販売場は、土地、建物を売却し、酒類販売場として存在しておらず、長期間酒類の販売を行っていないことから、継続して酒類の販売業を行う酒類販売場としての機能を有していないこと及び移転先における経営についての健全性が認められないことなどから、法第一六条の販売場の移転はできないものであります。」

4  審査請求の前置

(一) 原告は、被告の本件処分について、平成六年三月一四日、仙台国税局長に対して、被告の本件処分の取消を求める審査請求をした。

(二) 仙台国税局長は、右審査請求に対して、平成七年五月一八日付けで、審査請求を棄却する旨の裁決をなし、右裁決書謄本は同月二五日、原告に送達された。

三  本件に関連する法の規定

1  法一六条一項、二項

酒類製造者、酒母等の製造者又は酒類販売業者は、その酒類、酒母若しくはもろみの製造場又は酒類の販売場を移転しようとするときは、政令で定める手続により、移転先の所轄税務署長の許可を受けなければならない。

前項の場合において、移転先につき第十条第九号又は第十一号に掲げる事由があるときは、税務署長は、前項の許可を与えないことができる。

2  法一〇条

(一) 九号

正当な理由がないのに取締上不適当と認められる場所に製造場又は販売場を設けようとする場合

(二) 一一号

酒税の保全上酒類の受給の均衡を維持する必要があるため酒類の製造免許又は酒類の販売業免許を与えることが適当でないと認められる場合

四  争点

1  法一六条一項による販売場の移転の許可を得るためには、移転しようとする販売場が現に存在していることが必要か否か。

2  法一六条による販売場の移転の許可を得るためには、営業継続の意思があることが必要であり、かつ、本件において原告に営業継続の意思が欠如していたか否か。

五  争点に対する各当事者の主張

1  争点1(販売場の存在の要否)について

(一) 被告の主張

法一六条一項により販売場の移転を許可することができるためには、事柄の性質上、移転しようとする販売場が現に存在していることが当然の前提である。しかして、「酒類の販売場」とは、同法九条一項が規定しているとおり「継続して販売業をする場所」というのであるから、販売場ということができるためには、自らが適正に酒類の販売業を行い得るための物的施設たる販売施設及び設備を有して継続して酒類の販売業を営むことのできる場所でなければならない。

なお、酒税法は、一八条において「販売場を設けていない酒類販売業者」を認めているが、これは、一定の販売場を設けず、自己の住所等を根拠として酒類を携行し、又は運搬車、舟等に積載して随時随所において注文を受け、酒類を引き渡し又は酒類の販売代金を受領する等の方法により酒類の販売を行ういわゆる酒類の移動販売業者をいうのであって、右以外の販売場を設けていない酒類販売業者は酒税法上予定されていないから、移転許可をするためには販売場が存在することは当然の前提であり、同条を根拠に販売場の存在は不必要であるということはできない。

(二) 原告の反論

(1) 法一六条二項が販売場移転許可申請許否の理由を同項規定の事由(同法一〇条九号及び一一号)に限定し、税務署長の裁量権限を制約していることは法律の趣旨から明らかである。酒類販売場の移転は、既に免許を取得している酒類販売業者の行為であることから、法は、必要最小限の場合のみ移転を許否できるとしている。被告が許否の理由として挙げる事項が法一六条二項に定める許否事由に該当しないことは明白である。

(2) 法一四条は、酒類販売業の免許取消しができる場合の実体的要件を定め、同条三号では、「二年以上引き続き酒類の販売業をしない場合」に初めて免許取消しができるとされ、平成五年の法の改正前後を通して免許取消しの際には告知聴聞の機会が与えられる(平成五年法律第八九号による改正前の法一五条、行政手続法一三条)。

酒類販売業者が販売場の移転を申請する実質的理由として、現在の販売場では人口減少等のため売上が減少し経営困難に追い込まれるため、販売場の移転をするという事例が今後増加すると思われるが、かかる場合に税務署長が販売場の移転申請を許否することは、酒類販売業者の新たな生き残りの道を閉ざし、彼らをして座して死ぬのを待てというに等しく、やがて休業、廃業に追い込まれかねないのであって、販売場の移転許否が免許取消しと同じ経済効果を生じかねない。

(3) 法一八条は、「販売場を設けていない酒類販売業者」が存在することを認めており、これは、本件原告のような酒類販売業者が、従来の販売場での販売を種々の理由で休止せざるを得ない場合に、販売業者に従来の販売場での販売の休止手続を取らせ、新たに販売場を設けるまでの間に「販売場を設けていない酒類販売業者」としてその存在を認め、新たに設ける販売場について新規の免許取得手続ではなく、従来の免許の移転による許可手続を取ることを認めている。

2  争点2(営業継続意思の存否の点)について

(一) 被告の主張

酒税法一〇条は、酒類販売業免許付与の要件を人的及び場所的の両面から規定している。すなわち、「人」については販売業の経営安定の見地(一号ないし八号、一〇号)から、「場所」については検査取締上及び酒類の需給均衡維持の見地(九号、一一号)からそれぞれ要件を定め、これらの要件を満たす場合に「人」と「場所」を特定して免許を付与することとしている。

販売場の移転は、酒類販売業の免許を受けている者が、従前免許を受けていた販売場の所在地を移転しようとするものであるから、右のうち「場所」の要件を具備することが必要とされている(同法一六条二項)ことから明らかなとおり、「人」の要件については何らの変更がないこと、すなわち、免許者本人が移転先において従前免許を受けていた酒類販売業を引き続き継続して営むことを当然の前提としている。

本件において、原告は、酒類販売業の営業権及び販売場の土地建物を売却し、酒類販売をするに必要な商品及び備品をも処分していることなどにより、従前の販売場がその実態を完全に喪失し、従前免許を受けていた酒類販売業を引き続き継続して営む意思を失い、それ故中央市場に酒類販売業免許を譲渡したにもかかわらず、原告から営業を譲り受けた中央市場の酒類販売業免許申請が許否されたことを契機として、たまたま残っていた従前の酒類販売業免許の存在を奇貨とし、販売場の移転許可申請をしたに過ぎない。

したがって、移転の前提となる販売場が存在しない等として右申請を許否することは、何ら法の規定に違反するものではない。

(二) 原告の反論

移転申請している者に対して、「継続して酒類販売業を営む意思がない」という理由で移転を許否することは、法一六条二項に反する。

また、原告は、以下のとおり、継続して酒類販売業を営む意思を有し、営業を継続できる客観的状態であった。

(1) 原告は、本件移転申請を行っており、被告の許否処分に対して争っている。

(2) 原告は、中央市場の酒類販売業免許申請の際に、同時に原告の免許取消申請も提出しており、被告は、原告の本件移転申請がなされた時点で、既に提出してあった免許取消申請はなかったものとして処理している。本件申請が、たまたま原告が免許取消申請(法一七条二項)を懈怠したことによって残っていた従前の酒類販売業免許の存在を奇貨として、販売場の移転申請をしたというものではない。

(3) 原告は、土地・建物の売却代金等から、卸取引先に対して買掛金の半額以上を返済しており、買掛金残額は、一か月分の仕入れ金額にも満たないので、移転許可を受けて販売を再開することで直ちに返済が可能である。また、原告は、移転後は店頭の現金販売のみを行う予定であり、所要資金は六〇万円弱程度で済む。従来の原告の営業実態と比較すれば今後の原告の営業において借入金の占める割合が著しく減少しており、従来に比較して格段に健全営業が行える条件が整っている。

第三争点に対する判断

一  争点1について

法一六条一項にいう「販売場」は、移転しようとする販売場が現実に存在していることまでも必要とするものではないと解するのが相当である。けだし、法一六条二項は、税務署長が許可を与えないことのできる場合を法一〇条九号及び同条一一号の場合に限定し、販売場の存在を要件としていないし、また、法一四条三号が、二年以上引き続き酒類の販売をしない場合に免許の取消をすることができる旨定め、法一七条二項で、酒類販売業者がその販売業を廃止しようとするとき(その販売場の全部又は一部を廃止しよとするときを含む。)は、政令で定める手続により、免許の取消を申請しなければならない旨定めていることを併せ考えると、法は、営業廃止や休止に際して取消申請しなくても、直ちに免許取消の効果を生じることはなく、法一四条三号に従い、二年以上引き続き酒類の販売をしない場合に初めて免許の強制的な取消ができる趣旨と解するのが相当であって、このこととの権衡からすれば、法一六条の「販売場」を現実に存在するものでなければならないとするならば、二年より少ない期間の不営業によって実質的に免許を取り消すのと実質的に等しい効果を生じさせることになり、不合理であるからである。

以上より、被告の主張は採用できない。

二  争点2について

証拠(甲二の一七、高久光一証言、佐藤辰文証言)によると、原告と中央市場とは、前記認定の本件営業譲渡の解約(平成五年九月一五日付け)後の同月二〇日、フランチャイズ契約を締結しており、これによると、原告は、中央市場の名称で、その企画立案のもとに、経営を行う意図があると認められる。なお、確かに、右の後、原告は、本件許否処分のあった平成六年一月三一日付けで湯沢商工会議所に対して、廃業を理由とする商工会の脱退届けを提出している(乙六)が、本件移転申請を行った平成五年一〇月五日時点では、右フランチャイズ契約に基づく営業継続の意思を有していたと言えるし、平成六年三月一四日には本件処分の取消を求める審査請求、平成七年六月七日には、本件取消訴訟を提起していることにかんがみると、原告に営業継続の意思がないとまでいうことはできない。

以上より、被告の主張は、採用できない。

三  以上のとおり、原告の本件請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 手島徹 裁判官 田邊浩典 裁判官 山下英久)

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